mf042: 中国ドラマに嵌りました2

(抜粋)司馬懿のような人物の豹変は歴史上は多々あるのだろうとは考えていましたが、「大軍師司馬懿」のような大作ドラマでそれを生々しく表現するのだろうか、、と制作側の意図を少し不思議に感じました。日本の大河ドラマなどでは決して採用されない描き方ですが、中国ではもしかすると普通のことではないかとも考えました。それを少しでも理解したいと考え、例によって、ChatGPTに問いかけてみました。

後半の「虎嘯竜吟」のポスター。司馬懿と諸葛孔明の対決が当初は主題だったようですが、諸葛孔明亡き後の終盤は魏朝廷内の紛争に焦点が移りました。こちらから転載させて頂きました。

 以前に「大軍師司馬懿 軍師連盟」に嵌ってしまったとご案内しました。

 BS-日テレの番組ですが、すでに放送終了です。

 「三国志」に記されている争い自体にそれほどの魅力を感じているわけではない筆者、、と申しておりましたが、司馬懿を演ずる吴秀波氏(Wu Xiubo)の演技力と司馬懿の権謀術数の考え方※に引き込まれてしまい、魏の政争に注目する中で最終回を迎えました。
※)「バカを相手にするな」と息子たちに諭す場面や余分な戦闘を回避する場面、「〇〇〇の浅知恵」などと面罵する場面などです。戦闘場面自体には、相変わらず、食指が動きませんでしたが、、。

 特に、「高平陵の変」以降の司馬懿の激変ぶりとその描写に驚きを以て見入りました。

 筆者としては司馬炎が即位(266年)するまでの状況も知りたかったのですが、ドラマは司馬懿の最期(251年で魏の太子の教育係である太傅という身分)で終わり※ました。
※)最後は「五禽戯(ごきんぎ/ごきんぎ)」 ※※と呼ばれる古代中国の健康法を高齢の司馬懿が渭水のほとりで演ずる最中に倒れるという場面でした。しかもドラマの中で自らの分身ともいえる描かれ方をしていた亀の心猿意馬(しんえんいば)を渭水に放流した直後でした。
※※)五禽戯は、虎・鹿・熊・猿・鳥の5種類の動物の動きをまねる養生法で、後漢末の名医華佗(かだ)が考案したと伝えられているそうです。

 司馬懿のような人物の豹変は歴史上は多々あるのだろうとは考えていましたが、大作ドラマでそれを生々しく表現するのだろうか、、と制作側の意図を少し不思議に感じました。

 日本の大河ドラマなどでは決して採用されない描き方ですが、中国ではもしかすると普通のことではないかとも考えました。

 それを少しでも理解したいと考え、例によって、ChatGPTに問いかけてみました。

 以下はその回答です。項目タイトルの付加と「てにをは」レベルの修正は筆者が行いました。

》》》》》》》》ここから》》》》》》》》

0)はじめに 
 結論から言うと、『軍師連盟』の司馬懿の「高平陵の変を境に人間が激変する」という描き方は、中国の歴史ドラマでは比較的よく見られる手法ですが、あそこまで極端に描くのは『軍師連盟』の特徴だと思われます。

 特に重要なのは、史実として「司馬懿が突然別人になった」と確認できるわけではないことです。

1)『軍師連盟』では何が変わったのか
 ドラマ前半の司馬懿は、
・家族を非常に大切にする
・曹魏への忠誠を重視する
・権力闘争をできるだけ避ける
・妻の張春華との関係も比較的温かく描かれる
・「自分が天下を取る」という野心を前面に出さない
という人物です。

 ところが249年の高平陵の変で曹爽一派を一挙に排除すると、以降の司馬懿は、

「国家を守るためなら、以前の自分なら絶対にしなかったこともする」

という人物に変わっていきます。この時に70歳です。

 そして、家族との関係まで冷淡になり、政治的な計算を優先するようになります。

 これはドラマとしては非常に分かりやすい「権力を握ったことによる人間の変質」という演出です。

2)中国の歴史ドラマでは「転換点」を強調する
 中国の歴史ドラマでは、歴史上の人物を描く際に、

「ある事件を境に人物の人格・思想・行動様式が大きく変化する」

という構成は珍しくありません。これは特に、
・皇帝になる前 → 皇帝になった後
・権力者になる前 → 権力を掌握した後
・理想主義者 → 現実主義者
・忠臣 → 権臣
という人物を描く場合に効果的です。
※)NHKの大河ドラマにはこれがありませんな。

 ただし、これは史料に基づく人物像というより、ドラマとして人物の変化を際立たせる方法です。

3)司馬懿の場合
 特にドラマ向きで、この演出が非常によく合います。なぜなら史実でも、

曹操 → 曹丕 → 曹叡 → 曹芳

という4代にわたって魏に仕えながら、最終的には魏の皇帝権力を奪う司馬氏の基礎を作った人物だからです。

 しかも、司馬懿は高平陵の変で、

曹爽を信用させて洛陽から離れさせる → 洛陽を掌握する → 曹爽を降伏させる → その後、曹爽一派を粛清する

という非常に大きな政治的決断をしています。

 そのため、

「それまで慎重に耐えていた人物が、ついに仮面を脱いだ」

という物語にしやすいのです。

 ただ、私(=ChatGPT)は『軍師連盟』を見る際には、「高平陵の変で司馬懿が別人になった」のではなく、「それまで隠れていた政治家・権力者としての側面が前面に出た」と理解したほうが、史実との距離を考えるうえでは適切だと思います。

 そして実は、司馬懿が本当に若い頃から「魏への忠臣」だったのか、それとも最初から司馬氏の将来を考えて行動していたのかは、かなり面白い問題です。これは『軍師連盟』が意図的に曖昧にしている部分でもあります。

《《《《《《《《ここまで《《《《《《《《

 史実はさておき、ドラマの設定について「司馬懿の本質は変化していない」とする立場を筆者は取りたいと考えます。

 司馬懿は非常に思慮深く、広範な知識を持つ人物として描かれているのはドラマを通じて首尾一貫しています。

 換言すると多数のカードを懐に(隠し)持つ人物像です。

 であれば、魏の朝廷における自身の立場と周囲の状況に応じて取り出すカードを変えていたのでは、、と考えました。

 この点に限らず、いろいろと考えさせられた大型ドラマでした。

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