ste08: 科学技術教育について 08 カントの教育論 「理性」

傑出した科学技術的理性の象徴:ニュートン。こちらから転載させて頂きました。

イマヌエル・カントの『教育学講義』(Lectures on Pedagogy)という書籍の内容などに沿って、前々回は科学技術的「悟性」、前回は同じく「判断力」の育成方法について論考しました。

同様の手法によって今回は科学技術的「理性」の育成方法を論考してみたいと思います。

カントの哲学において、理性(Vernunft)は、単なる知識の習得や論理的思考だけでなく、普遍的な道徳法則(定言命法)を認識し、それに基づいて自由かつ自律的に行動する能力を指すそうです。
科学技術的に換言すれば「普遍的な科学技術の法則や原理を認識し、それに基き自由かつ自律的に研究や生産・構築を行う能力」となるかと思われます。高度なレベルでは「法則や原理」が前出の「社会が幸福になること」という目的に沿うものとなります。

カントは、理性の育成も子どもの発達段階に応じて段階的に進めるべきだと考えたそうです。以下では、これまでと同様に発達段階ごとのアプローチとして説明してみます。理性の育成は一朝一夕には成らず、長期的なプロセスが必要なのだそうです。

1)幼少期(0~6歳頃)
 この時期は本能や感覚が支配的で、理性はまだ発達していないので、規律(※A)の基礎を築くときとするとのこと。育成方法としては、基本的な生活習慣や社会のルールを学ばせ、衝動をコントロールする能力の養育に努めるとよいそうです。過度に抽象的な道徳教育は避け、具体的で分かりやすい指導が適しているとのこと。親や保育者が一貫したルールを設定し、善悪の基本的な区別を学ばせる(例: 「ウソをつかない」)とよいようです。
※A)カントは道徳的な規律を意識していたようですが、科学技術の法則や原理の理解の基礎を築くには時期尚早と思われます。ですが、子どもが自由を乱用しないよう、規律を通じて自己統制の基礎を築くことが、科学技術の法則や原理を尊重する考え方に通ずると理解してよいかと考えます。

2)児童期(6~12歳頃)
 論理的思考や理解力が発達し始め、理性の萌芽が見られる時期なのだそうです。育成方法としては、知的教育(※B)を重視し、論理的思考や問題解決の基礎を学ばせ、道徳教育も具体例を通じて行い、子どもが自分で「なぜこれが正しいのか」を考える機会を与えるとよいそうです。算数や科学を通じて因果関係を理解させ、物語や寓話を使って道徳的価値を伝えるのも有効とのこと。
※B)理性に基づく思考能力を養い、知識を批判的に評価する力を育む教育を意味するようです。単なる知識の詰め込みではなく、子どもが自分で考え、判断する力を養うことが重視されます。カントは「ソクラテス的対話法」を推奨したようで、教師が生徒に質問を投げかけ、自己反省や論理的思考を促すことが勧められています。児童期にどのレベルまで行うかは要注意ですが、次の青年期では数学や自然科学を通じて論理的思考を訓練し、哲学的議論を通じて普遍的原理を考える機会が提供されるとよいと考えます。

3)青年期(12~18歳頃)
 抽象的思考や自己反省の能力が発達し、理性が本格的に開花する時期なのだそうです。育成方法としては、道徳的理性と自律性を重視した教育を行うとよいそうです。カントの定言命法(無条件に「~せよ」と命じる絶対的な命令)のような普遍的原理を理解させ、自己決定に基づく行動を促すのも有効とのこと。哲学的・倫理的議論を通じて、子どもが自分の価値観を形成する手助けをし、倫理的ジレンマ(例: 正直であることと他者を傷つけないことの葛藤)を議論させ、普遍的視点から考える訓練を行うとよいそうです。
⇒上記説明は道徳的理性の獲得に偏り過ぎています。教育方法にも依存しますが、この時期には科学技術の知識が増える時期でもあるので、その法則や原理を理解した上で、自己決定的な科学技術的試みを考えて実施する訓練が行われるとよいのではないかと考えました(が、受験を控える若者にはそのための時間が圧倒的に不足していますね)。

4)成人期(18歳以降)
 理性が成熟し、自律的な判断が可能になる時期なのだそうです。育成方法としては、教育はもはや指導ではなく、自己啓発や継続的な学習の支援にシフトするとよいそうです。カントは理性の完全な発達は生涯にわたるプロセスだと考えたそうです。哲学書や倫理的問題について自分で学び、議論に参加するとよいそうです。
⇒ここでも道徳的理性に偏向した記述となっています。科学技術的な価値観を形成したり、科学技術の倫理的ジレンマ(例:エネルギーを大量消費すれば快適な生活が送れるが、地球環境への負荷は増大する)を議論し、普遍的視点から考える訓練を実施する適期だと考えられます。

科学技術的な理性の育成は、カントの道徳的理性の育成に倣うことは可能のように思われます。ですが、科学技術的知識の獲得には時間が更に掛かるため、一フェーズ以上遅れたものとなりそうです。

その上で、「誰でも獲得できるとは限らない」レベルの理性を獲得してもらう育成方法が別途必要になると考えられます。ですが、おそらくは、それを体系立てて考えた例は無いのではないでしょうか?実際、自然発生する「天才」の領域とされているように思われます。

このシリーズはこちらに続きます(新しく投稿されるとそちらに飛びます)。また、このシリーズの第一回目はこちらです。

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