dbme020: 大日山瞰川寺の石碑と御地蔵様(20)地蔵尊と五輪塔

地蔵尊。

五輪塔(以上の3写真)。3番目は異なるかもしれません。

このシリーズでは大日山瞰川寺の境内にある石碑と御地蔵様をひとつひとつご案内しています。

今回は地蔵尊(じぞうそん)と五輪塔です。

これらは大日山瞰川寺の一連のお地蔵様の中では損耗が特に激しい石像です。詳細調査はこれからですが、まずはご案内とさせて頂いております。

これまでご案内した一連の御地蔵様の中で、現時点で最も古いと考えられるのが馬頭観世音像です。享保十二年建立と刻まれています。今年(2025年)から298年前のことです。今回の地蔵尊と五輪塔はそれよりも古い可能性があると考えています。

一般に、地蔵尊とは、「地蔵菩薩(じぞうぼさつ)」の敬称であり、大地がすべてを育むように、人々を救う仏さまを意味するそうです。特に、苦しむ人々を救済する存在として、子どもの守護神、病気平癒、交通安全、水子供養など、多様な信仰を集めているそうです。

大日山瞰川寺は子供の守護とされますが、それを象徴するお地蔵様です。


五輪塔は、平安時代から使われてきた供養塔やお墓の一種なのだそうです。宇宙の五大思想(地・水・火・風・空)に基づき、5つの石を積み重ねて作られており、故人が極楽浄土へ往生するのを願う意味が込められているとのこと。鎌倉時代には武将のお墓として多く造られ、室町時代以降は身分に関わらず広まったそうです。

島田市と縁深い今川氏、そのお墓には五輪塔の形が見られるようですが、大日山瞰川寺の五輪塔はどのような意味合いがあるでしょうか?

今川範国・今川範氏は島田市の岸に岸城を築いたとされます。彼らと同時期の墓石だとすると14世紀の建立ということになり、700年の歴史を数えることになります。

一説によれば、今川氏の駿河進出以前に地域を支配していた鴇氏が大日山瞰川寺と関係していたそうです(要確認)。鴇氏と関連のある墓石であれば鎌倉時代の建立です。大日山瞰川寺は空也上人(10世紀)による開山とされますので、十分にあり得る話です。


このシリーズはこちらに続きます(最新記事がアップされたらそちらが表示されます)。また、本シリーズの初回はこちらです。

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