
島田付近のつばめ号はこんな感じ?こちらから転載させて頂きました。

戦前の時刻表です。こちらから転載させて頂きました。

車中の仁科芳雄博士と朝永振一郎博士。写真の左右が正しければ下り列車。こちらから転載させて頂きました。
ここで少し脇道に逸れます。
朝永振一郎博士は、理化学研究所の山崎文雄氏の回顧によると、1944年9月頃から島田の海軍研究所に頻繁に出入りしていたようです。
この頃、朝永博士のご家族は三鷹の奥様の御実家に疎開されていました。朝永博士は理化学研究所の宿舎(文京区)で山崎氏と共同生活を送られていたようなので、山崎氏の回顧はかなり正確と思われます。
では、当時、東京駅から島田駅までどのくらいの時間が掛かったのでしょうか?
1944年の列車運行には既に空襲対応の制約が掛かっていました。軍事優先の運行です。その内容を教えてくれる資料は入手できなかったので、もう少し前の平時運行の時刻表を参考とします。
戦前、東京駅午前9時発のつばめ号という特急列車がありました。電化が終わっていた沼津までは電気機関車による牽引、未電化の沼津以西は蒸気機関車による牽引でしたが、11時45分には静岡に到着していました。
現在の新幹線こだま号だと1時間20分ですが、その倍程度の短時間です。東京から島田へは日帰りは無理だったとしても一泊の出張は十分に可能だったと考えられます。軍事優先の運行であればもう少し短時間だったかもしれません。
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