Sorry. This is an article in Japanese.

Carin Jennings。こちらから転載させて頂きました。
来週からなでしこリーグが始まります。
筆者は、実のところ、結構に長い時間、女子サッカーを密かに応援しています※。
※)関連する秘密がいくつかあるのですが、それはしばらく伏せておくことにします(笑)。
今回は、米国のカリフォルニア大学で研究助手をしていたころの思い出を記してみたいと思います。
1988年からの2年間、ロサンゼルスから西に車で2時間というサンタバーバラ校で研究生活を送っていた私は、時間ができると大学の女子サッカーチームの試合を見にスタジアムに足を運んでいました。借りていたアパートから徒歩5分の距離も魅力的でした。
州立大学に約1万人を収容できるスタジアムがキャンパス内にあったのも驚きでしたが、その観客席が階段状に折り曲げた一枚物の鉄板で出来ていたのはもっとびっくりでした。
大学の女子サッカーチームはまずまずの強豪だったようで、センターバックにオールアメリカンの選手が一人いました。その選手がペナルティーアークの外から地を這うロングシュートを放つ姿が印象的でした。
また、4年間の合計ゴール数の米国記録を持つ選手(Carin Leslie Jennings-Gabarra)を輩出していたと後で知りました(私とはほぼ入れ替わりだったようで、惜しいことをしました)。
Carin Jenningsは米国女子サッカーチームが初の女子ワールドカップ(1991年)でタイトルを獲得するのに最優秀選手として貢献していますし、代表では117キャップを数えています。相当に優れた選手だったと思われます。
私が観戦していたのは、カリフォルニア州のリーグ戦で、スタンフォード大学や他の州立大学が遠征してきたホームゲームがそのほとんどでした。
入場料は5ドルだったと記憶しています。
例のサッカーマム現象が発生する前だったので、リーグ戦の観客数は数えるほどでその一人が私でした。
それでも選手たちは、毎試合後、観客の小学生年代の少女たちに対してファンサービスを熱心に行っていました。
このような地道な努力が後のサッカーマムの熱狂につながったのかもしれません。
また、選手たちのサッカーに対する真摯な姿勢は非常に印象的でした。当時の男子日本代表だった木村和司選手に体形やプレイスタイルがそっくりな選手がいて、試合でもフリーキックを担当していました。
その選手がランチタイムにキャンパス内で素走りの個人トレーニングを重ねている姿をよく目にしたものです。
なお、NCAA(全米大学体育協会)トーナメントは別格でその一回戦ホームゲームには1万人の観客が集まりました。1989年でした。
先に紹介した鉄板性のスタンドが揺れていて、壊れてしまわないかと心配した記憶が残っています。その試合は1-0で勝利しましたが、2回戦でサンタクララ大に敵地で負け、ベスト16で終わってしまいました。
このシリーズはこちらに続きます。
コメントを残す