
映画バック・トゥ・ザ・フューチャーのドク。自動車を改造する研究者が白衣を着ている違和感。こちらから転載させて頂きました。

TVドラマ「ガリレオ」の主人公は工学部物理学科の准教授。物理学科には無縁な白衣が目立つ研究室。黒板の内容も白衣とは無関係。こちらから転載させて頂きました。
固定観念とはこんなにも強固なものかと感じた経験があります。
自らの反省にも通ずるため、ご案内してみたいと思います。
前回の市長選挙(2021年5月)の時のことです。事前準備としてのホームページを検討していました。それに向けたデザイナー担当者との打ち合わせでのことでした。皆さん、市外在住の方々でした。
私のキャリアが研究者だったということで、その経歴を表す写真をという話になりました。先方の提案は「白衣を着て撮影でした」。
私は驚きました。私の研究分野では「白衣を着て」研究に当たっている人はいません。実験系の研究者であっても白衣は着ません。
「私の分野では、皆、スティーブジョブズのような格好で研究していますよ。」と指摘しました。ジーンズにカラーシャツが夏の定番でした。
白衣は、時として、危険を増幅します。
旋盤やボール盤、フライス盤を使って部品を自作することも多かったのですが、白衣では機械に巻き込まれて大けがをする可能性が生ずるので厳禁でした。
工作室では裾が広がらない作業着が基本です。
研究室に戻ればジーンズとカラーシャツの姿となります。
白衣は、元来、「汚れていることを目立たせる」ための衣服です。
化学実験や医療現場で用いられるのは、危険な薬品や病原菌などが着衣者に向かって飛散し付着したことを知らせるためです。
汚れを知らせて薬品や病原菌から研究者を守るのが主目的です。
従って、危険な薬品を使わない研究や病原菌などを扱わない研究では白衣は無用の長物です。
後になってよくよく考えてみたら、映画監督のロバート・ゼメキス氏もミスを犯していますし、フジテレビのドラマ「ガリレオ」も同様です。本稿上部の写真二点をご高覧ください。
これらの著名な映画やドラマが「研究者は白衣を纏っているに決まっている」という固定観念を多くの人々に植え付けてしまったということだと思われます。
ただし、それは「知らないから仕方がない」というレベルであり、「そうではない」という指摘には誰しもが耳を傾けてくれるものだと私は信じていました。
ですが、デザイナー氏は最後まで白衣姿を主張してきました。実際、撮影に白衣を持参されていました。
私が怖いと感じたのはこの点です。現場をよりよく知っている私が「白衣は着ていない」と繰り返しているのに、「知ったことじゃない」と言わんばかりで自らの固定観念を押し付けようとする強固な態度です。このように記すと誤解されるかもしれませんが、デザイナー氏は決して悪い人ではありませんでした。だからこそ、固定観念の支配力に恐れを感じた次第です。
「仕方がない」と撮影には応じましたが、自分自身が抱いているイメージとは全く異なった写真が出てきましたので、申し訳なかったのですが、「ボツ」とさせて頂きました。
この経験は他山の石とすべきであることは間違いありません。私自身、自分から遠い分野や遠い地域の人々について「〇〇に決まっている」としている可能性を否定できないからです。自分の見たいものだけを見ている、自分の聞きたいことだけを聞いている、そのような可能性が自身の中にもあるはずです。
現場の声は真摯に聞くもの、これを肝に銘じたいと考えた次第です。
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