
ウールスソープのニュートンの生家。こちらから転載させて頂きました。

少し遠めから。こちらにはリンゴの木も手前に写っています。こちらから転載させて頂きました。
1665年から1666年に掛けてロンドンで ペストが流行しました。
この期間、ケンブリッジ大学は閉鎖され、ニュートンは故郷のウールスソープに一旦戻りました。1665年8月にニュートンが学士号を取得した直後の事でした。
この2年間にニュートンは微積分、光学、万有引力の着想を得たそうです。「奇跡の年」と呼ばれる所以です。
ニュートンがケンブリッジ大学入学のために故郷のウールスソープを離れたのが1661年で、18歳の時でした。その後に大学の図書館でラテン語の専門書を読み漁った4年間がありました。その直後にこれらの偉大な着想に至ったという訳です。
また、トリニティカレッジは俊英が集まり互いに切磋琢磨する場所ですが、ニュートンが偉大な着想を得たのがそこではなかったのです。偉大な着想が生まれた場所が故郷の寒村だったというのにも興味深いものがあります。
そういえば、20世紀のハイゼンベルク博士(Werner Karl Heisenberg)の行列力学の着想にも似たような経緯がありました。
これらの事例は何を示唆しているのでしょうか?
このシリーズはこちらに続きます(新しいシリーズ投稿がアップされるとそちらに飛びます)。また、このシリーズの最初はこちらになります。
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