
長方形パレットを持つ学生たち。こちらから転載させて頂きました。

インドの伝統的教育システムGulukula。こちらから転載させて頂きました。
このシリーズでは世界の様々な科学技術アカデミーを紹介しています。
第二回目は現在のパキスタンのパンジャブ州(Punjab, Pakistan)にあった タキシラ大学(University of ancient Taxila/Takshashila)です。 紀元前6世紀から紀元5世紀まで続いた大学です。
タキシラは現在のイスラマバードの西方10㎞にあります。この大学はタキシラ僧院とも呼ばれる施設で、当初はヴェーダ(梵: वेद、Veda)を教えるセンターとして設立され、後に仏教の僧院となりました。
タキシラ大学出身者が釈迦の弟子にいて、釈迦はその影響を受けたという説もあるようです。
ヴェーダとは「知識」を表し、紀元前1000年頃から紀元前500年頃にかけてインドで編纂された一連の宗教文書の総称とのことだそうです。
宗教文書と言いますが、タキシラ大学では医学(アーユルヴェーダ)、天文学、数学、工学、軍事学などが教授されたとのことで、ここでは科学技術アカデミーの範疇とします。
教育システムは現在の大学とは異なり、インドの伝統的なグルルカ形式が採用されていました。指導者と学生は同居に近い形で生活するもので、日本の仏教教育システムもこの形でしょうか?
タキシラ大学と関係の深い医学者チャラカ(Charaka)は、古代インドで発展した医学と生活様式の体系であるアーユルヴェーダの主要な貢献者の一人とのことです。『チャラカ・サンヒター(Charaka Samhita)』という医学論文を編纂した医師として知られていますが、この著作は2千年間の基本となり、アラビア語やラテン語に翻訳されたそうです。
外科医スシュルタ(Sushruta)もタキシラ大学に関連する人物で、「外科手術の父」と呼ばれています。その編纂書『スシュルタ・サンヒター(Sushruta Samhita )』は、外科手術や解剖学の先駆的テキストとされています。
タキシラ大学にはペルシア、ギリシャ、中央アジアからの学生も集まり、国際的な学術交流の場だったようです。その評価は、 医学と実践的科学の中心地として特に重要で、インドの科学技術の基礎を築いたとされています。
残念なことに、5世紀のフン族侵攻などで衰退してしまったそうです。
このシリーズはこちらに続きます(新しく投稿されるとそちらに飛びます)。このシリーズの初回はこちらです。
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