
仁王さん石碑。
このシリーズでは大日山瞰川寺の境内にある石碑と御地蔵様をひとつひとつご案内してゆきます。
今回は仁王さん石碑です。仁王門の左脇にあります。
石碑の表面には次のように刻まれています。
「大日山仁王さん永遠に卋の人々を守らん」
ここで「卋」は「世」の旧字体のようです。
また、裏面には以下のように文章が刻まれています。
記
岸大日山仁王さんは享和二年に建立をば
大工石河茂左エ門義助とありて
約二百年余すぎ朽ちて
今年二月約十ケ月修復に
広々皆様方の寄進に依り
復元完成しました。
大日山仁王さん修復記念
平成七年十一月吉祥日
石河良朗寄贈
享和二年は1802年、平成7年は1995年です。
仁王門と仁王像は223年前の享和2年に作られたようです。
この年、以下のようなことが国内ではあったようです。
伊能忠敬による出羽・越後地方の測量。
幕府の蝦夷地御用船安全丸の焼失。
十返舎一九の「東海道中膝栗毛」初刷り刊行。
ロシア使節ニコライ・レザノフが長崎に来航し、通商を要求。
また、海外では以下のような出来事がありました。
阮福映がフランス人宣教師の支援を受けてベトナムを統一し、阮朝を建国。
ナポレオン戦争のさなか、1802年3月にフランスとイギリスの間でアミアンの和約が締結され、約10年間の戦争状態が一時的に終結。
1802年1月、チザルピーナ共和国がナポレオンを大統領としてイタリア共和国に改組され、初めて「イタリア」が国名に。
米国では翌年の1803年にオハイオ州が17番目の州に。
大日山の仁王さんはイタリアやオハイオ州と同年齢ということになりますね(笑)。弥次さんや喜多さんとは同時デビューでしょうか?
このシリーズはこちらに続きます(最新記事がアップされたらそちらが表示されます)。また、本シリーズの初回はこちらです。
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