19cw009: 19世紀の戦争_009 フランス革命戦争_7 戦争費用の源

1792年フランスのアッシニャ紙幣。こちらから転載させて頂きました。こちらから転載させて頂きました。

アッシニャ紙幣の価値の変化。1796年頃にはほぼゼロに。こちらから転載させて頂きました。

戦費が嵩んだのはイギリスも同じで、金準備が払底。イングランド銀行の金兌換を停止。それを揶揄するJames Gillrayの漫画。こちらから転載させて頂きました。

「戦争を無くすためには戦争の本質を理解する必要がある」という考え方に立脚して本シリーズに着手しました。

前回は、革命防衛とは無縁という意味で目的不明のエジプト遠征でナポレオン軍が大敗北するも、クーデターで先祖返りの独裁制(と言っても、一応は法の支配下)となってしまった経緯を述べました。

今回は、戦争費用の調達を見てゆきます。

戦争も人がいなくては始まりませんし、(未来少年コナンと違って)徒手空拳で臨むこともないでしょうから、費用が掛かります。フランスとイギリスを対象としてフランス革命戦争における戦費調達の実際を見てゆきます。

【フランス】
》》1.革命以前から王政財政は破綻寸前。革命後は税制と行政の混乱で歳入減少。結果として戦費調達が困難に、、、でも戦争をするのですな、、、。
》》2.没収した教会財産を担保としたアッシニャ紙幣を大量発行したものの、戦費調達のための増発で価値が下がり、急速なインフレが発生するとともに、紙幣価値が崩壊して財政破綻に。
》》3.国内の物資・食料・兵員を半ば強制的に徴発。ベルギー、オランダ、イタリア諸邦などの占領地から献納金・賠償金を徴収。
》》4.ナポレオン期になると遠征先からの略奪的財政を戦費に。
⇒国内通貨の信用失墜、物価高騰、貧困層困窮を招いたものの、国家総動員的経済(徴発)と占領地からの財源(収奪)によって当面の戦争継続を可能とした。

【イギリス】
》》1.金融革命により18世紀に整備された「国債市場+中央銀行」を通じて長期資金を調達。国債は1688年の名誉革命以降に議会の統制下に。
》》2.1799年に新税として「所得税」を新設し、戦費に。間接税増税も戦費に。
》》3.欧州最大の国債により借金国家となるが、税収で利払いをカバーする「持続可能な赤字運営」財政に。政府と民間金融の信頼関係により低金利で大規模借入が可能に。
》》4.長期的には産業革命による成長が国債返済を支えた。

フランスは山賊行為で、イギリスは金融で、それぞれ戦争を継続したということになります。

とはいっても、イギリスも戦費不足に陥り(1801年時点で戦時債務がGDP比200%超)、戦争終結に至ります。1802年のアミアンの和約です。

アミアンの和約の時点での両国の国民の生活を見てみましょう。

【フランス】
》》・革命と戦争で国民生活は深刻に疲弊
》》・食糧不足・物価高・労働力不足が続く
》》・ナポレオンの統治で「秩序回復」は進む
》》・和平は大きな安堵と希望を与えたが、生活はまだ厳しい

【イギリス】
》》・戦費負担と税の増大で庶民層の生活は苦しい
》》・食糧価格高騰と失業が深刻
》》・社会不安もあり
》》・和平への期待よりも、政治的不信の空気が強い


「戦争をしても庶民にはいいことは何もない」ということでしょうか?

ちなみに、イギリスは金融市場を通じた国債発行で巨額の戦費を調達したと記しましたが、これが後の「世界金融センター・ロンドン」の基盤となったそうです。

このシリーズはこちらに続きます(新しく投稿されるとそちらに飛びます)。また、このシリーズの初回はこちらです。「フランス革命戦争」ミニシリーズの初回はこちらです。 

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