
戦争を提案したルイ16世。こちらから転載させて頂きました。

戦争を推進したジロンド派の黒幕とされたロラン夫人。こちらから転載させて頂きました。
「戦争を無くすためには戦争の本質を理解する必要がある」という考え方に立脚して本シリーズに着手しました。
標題の「19世紀の戦争」の第一番目として1802年に始まったナポレオン戦争を取り上げようと考えたのですが、一つ前のフランス革命戦争に遡ることにしました。
始まったのは18世紀の1792年でしたが、1802年まで続いていて19世紀に踏み込んだ戦争と言えます。それ以上に、ナポレオン戦争に続いてゆく戦争であり、様々な側面に学びが多いと思われるのがその理由です。
主としてChatPGTに問い掛け、その回答を基に以下の記述を行っています。ChatGPTの回答がすべて正しいとは言えませんので、注意しながらご高覧下さい。
さて、フランス革命戦争とそれに続くナポレオン戦争は、高校の世界史で筆者が習った範囲では「革命進行中のフランスと革命の拡散を防ぎたい周辺諸国との戦い」と理解していました。そして、周辺諸国が最初に手を出したような印象を持っていました。世界史を真剣に学ばれた方からすると笑止千万の解釈でしょうか?
最初に戦争を仕掛けたのは、実は、フランスの革命政府なのだそうです。しかも外征でした。
オーストリアに対してフランスが宣戦布告を行って戦争が始まりました。ルイ16世の王妃のマリー・アントワネットの実家(笑)のハプスブルク家が支配していたベルギー(オーストリア領ネーデルラント)やオランダにフランスは侵攻しました。
ルイ16世の処刑に先立つこの時期、名目的には宣戦布告を提案したのはルイ16世でそれを正式に決定したのが革命を推進する立法議会だったようです。
議会では、革命急進派のジャコバン派は戦争に慎重で、革命穏健派のジロンド派が強く戦争を求めたとのことです。
議会とルイ16世は、この宣戦布告と侵攻についてそれぞれの思惑があったようです。
その説明に進む前に、当時のフランスの政治形態の説明が必要と思われます。
このシリーズはこちらに続きます(新しく投稿されるとそちらに飛びます)。また、このシリーズの初回はこちらです。
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