LB03: シリーズ「無法者」 その3 孔子と韓非の違い

孔子。こちらから転載させて頂きました。

韓非。こちらから転載させて頂きました。

昨今、法律を無視して我が道を押し進もうとする輩が日本でも様々な階層で増えている状況を嘆き、このシリーズを始めました。

社会が無法状態に陥ってしまった際、すなわち、Lawbreakersがさまざまな階層に蔓延ってしまった状態を言うのでしょうが、古今東西、それを正す方法を説いた人々がいます。

前回は、そのような人々がどのような方針を唱えたか、俯瞰しました。

今回は孔子と韓非に的を絞り、それぞれの時代背景を見てゆきます。孔子と韓非の違いは、思想上の対立であると同時に、それぞれの時代状況を強く反映したものだといくことで、それを理解する必要を感じました。

以下は、例によってChatGPTに質問する形で調べてみた結果です。代表例です。

0)復習
・孔子(儒家思想):法より「徳(モラル)」で統治すべき、君主が正しければ社会は自然に安定する
・韓非(法家思想):人間は基本的に利己的である、道徳ではなく「法律と罰」で統治すべき

1)孔子(紀元前551年~479年)の時代(春秋時代)
孔子が生きたのは、まだ秩序が完全には崩壊していない時期。
周王朝の権威は弱まっていたが、次のような状態。
・伝統的な礼や慣習はまだ社会に残っている
・人々に「昔はこうだった」という共通認識がある
そのため孔子は、「本来の礼や徳を回復すれば社会は立て直せる」と考えたようです。
つまり彼の思想は「失われつつある秩序を回復する処方箋」だったと言えるようです。

2)韓非(紀元前280年~33年)の時代(戦国時代)
一方、韓非の時代になると状況はさらに悪化したとのこと。
・戦争が常態化
・国家間の生存競争が激化
・伝統的な礼や道徳はほぼ機能不全
この現実の中では「人の善意や徳に頼る統治」は非現実的だったとのこと。
そこで韓非は
・厳格な法律(法)
・権力による統制(術・勢)
によって国家を維持すべきだと主張したそうです。
つまり彼の思想は「秩序が完全に壊れた世界での現実的な統治マニュアル」だったと言えるようです。

3)違いの本質
二人の違いを単純化すると:
・孔子:人は徳で導ける(まだ社会に余地がある)
・韓非子:人は利でしか動かない(すでに社会が崩壊している)
重要なのは、どちらが「正しいか」というよりも、「どんな社会状況を前提にしているか」が違うという点にありそうです。
実際、中国の歴代王朝は
・表向きは儒教(礼・徳)
・実務では法家(法・罰)
という“ハイブリッド”で統治してきたとのこと。

4)時間軸からの分析
韓非の法家には「強い国家を作るのは得意だが、長く安定させるのは苦手」という側面があったようです。
好例として秦が挙げられるとのこと。
これを孔子と韓非に当てはめると次のようになるかと。
孔子:長期的に安定した社会をつくる思想(内面重視)
韓非:短期的に強い国家をつくる思想(制度重視)
⇒教育と制度の両面で立て直さなくてはならないということですな。

現在の日本や世界はどちらに近いでしょうか?

次に続きます。

このシリーズの第一番目のポストはこちらです。同じく前回ポストはこちら、次回ポストはこちらです。

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