このシリーズでは大井川の徹底研究を進めています。
今回は本流の変遷を追いかけてみます。大昔からの話となりますが、ご辛抱願います。
調査は例によってGROKさん(3)にお願いしました。地理を苦手とするGROKさんですが、地学はどうでしょうか?
1)地質時代~旧石器時代
大井川は南アルプスの隆起(約300万年前~)に伴い形成されたそうです。300万年前と言えば、初期の人類であるアウストラロピテクス属が生存し、ヒト属(ホモ属)が誕生しつつあった時代のようです。地球は寒冷化が進み、氷河時代へと移行しつつあったとのこと。
南アルプスの急峻な地形により急流で土砂を多く運ぶ河川として発達し、流路は地殻変動や火山活動の影響を受けながら山間部から平野部へと流れる現在の原型が形成されたのだそうです。
縄文時代(約1万年前)以前の大井川の流路は現在より不安定で、洪水や土砂流出により頻繁に流路変更が起きたと考えるべきだそうです。特に下流域(静岡県島田市~焼津市付近)では扇状地や氾濫原が形成され、流路が複数に分岐するデルタ状の地形だったと考えられるそうです。
⇒「〇〇島」と呼ばれる地名はこの頃を起源とするのでしょうか?
寸又川や伊久美川などの支流は、上流から運ばれる土砂や水量を大井川本流に供給し、その流路形成に影響を与えたようです。地質時代の火山灰層や堆積物が現在の流域地形の基盤となっているとのこと。
2)古代
古代史の他例に違わず、弥生時代から古墳時代までは空白。
こちらによると、先史時代の大井川は現在の黒石川の辺りを流れていたようです。
それが少しずつ西方に移動してきたとのこと。奈良時代頃までの大井川の本流は現在の栃山川の流路を流れていたようです。
この流路はある意味で自然の摂理に適っているように思われます。本流の出口である河口が志太平野の海岸線の中央部に位置するからです。
朝廷が駿河國や遠江國を定めたのが7世紀と言われています。これは奈良時代の直前ですので、栃山川の南にある現在の藤枝市大西町、大洲、青南町などは、当時、駿河國ではなく遠江國だったようです。後に大井川の流路変更に従って、駿河国の領域は少し広がることになったそうです。
》》》》このシリーズはこちらに続きます(新しく投稿されるとそちらに飛びます)。また、このシリーズの初回はこちらです。ミニシリーズの初回は以下の通りです。
・「ダム」

コメントを残す