sc003: 「行政サービスの集中と分散」について考えてみました

ゴミ収集車には感謝。こちらから転載させて頂きました。

本論考の結論は「行政サービスは利用者である市民の利便を考慮して、集中と分散の最適化を図る必要がある。工夫次第では市民の負担は軽減できる。」というものです。それではご高覧下さい。

コンパクトシティという考え方があるようです。
行政サービスを含む生活機能の一極集中により効率化を図るという概念のようです。
この考え方に私は違和感を覚えざるを得ません。
以下では行政サービスの「集中」がもたらす利害得失について、利用者である市民の立場から吟味してみたいと思います。と同時に、「分散」の有効性も。

市民にとっての行政サービスの優劣は「質の高いサービス」を「サービスを得る窓口までの距離(と手間)」で割ったもので評価されるべきと考えています。

極端な例かもしれませんが、ゴミ収集サービスを取り上げてみましょう。
ゴミ収集日に規定の時刻までに「歩いて数分」の収集場所にゴミを出すと、ゴミ収集車が回収してくれて処理場まで運んでくれます。とても便利です。
もしも、この「歩いて数分間」が「車で数十分間」となればとても不便です。高齢者にとっては絶望でしかないでしょう。
さらに距離が伸びて「市役所まで持っていかないと扱ってもらえない」となれば、市役所までの道路は大渋滞で、混乱以外の何物でもないでしょう。仕事どころではないという状況がもたらされるでしょう、市役所近隣の市民を除いて、、。
これが「サービスを得る窓口までの距離」の問題です。

別の例として「〇〇センター」を取り上げてみましょう。公的な〇〇センターは、通常、地域唯一つの施設のことです。
そこには優れた人材や機材が集約されます。優れた公的なサービスを得られることでしょう。
ただし、「〇〇センターに辿り着ければ」が前提となります。「〇〇センターまで車で1時間」では、高齢者はもちろん、働くお父さんやお母さんには厳しい利用となることでしょう。

さらに厄介なのは窓口でよくある「△△が足りないから出直してきて」です。これも窓口から遠い市民にとってはコストの倍増となります。泣きたくなります。

これでお分かりかと。行政サービスが目指すべきところは、市民の「サービスを得る窓口までの距離」の総和の最小化です。行政サービスの質を担保したままで。

コンパクトシティとは、この最小化を実現するために「市役所の近くに引っ越しなさい」という上から目線の考え方と思われます。
私の違和感はここにあります。引っ越しができない、したくないという市民はどうすればよいのでしょうか?
自己責任で余分な行政コストを負えということでしょうか?

では、行政サービスの窓口が一極集中ではなく、分散していたらどうでしょうか?歩いて数分のところに窓口があって、そこで、例えば、戸籍謄本が入手できれば助かります。
最も極端な場合としては、自宅のパソコンや自分のスマホで行政サービスを享受できれば「移動距離ゼロ」が実現できます。
〇〇センターも然りです。センターの機能の一部を分散配置すれば、「歩いてアクセスできる場所に〇〇(の一部)が享受できる」となるはずです。

これが行政サービスの「分散化」のメリットです。

ただ、移動距離を極限まで小さくすると行政サービスの「質」が怪しくなります。犯罪が入り込む余地も増えてしまうかもしれません。
コンビニでの行政サービスが住民票や印鑑証明に限定されていますが、このためかもしれません。人件費にも限界がありますから、「丁寧で親切な窓口担当者」の数にも制限が掛かるでしょう。

しかし、工夫次第では市民の「行政サービスを受けるためのコスト」を現状から減らせるはずです。ここが行政担当者の腕の見せ所ではないでしょうか?

この行政考察シリーズはこちらに続きます。

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