ste12: 科学技術教育について 12 ソクラテスとケンブリッジ

ルーブル美術館にあるソクラテスの肖像(1世紀ローマ)。こちらから転載させて頂きました。

本シリーズでは科学技術教育についての論考を進めています。

これまで、イマニュエル・カントによる知性の分類を科学技術分野に対応させたり、カントの教育学講義を分析したり、最近の評価を集める科学技術教育手法を俯瞰したり、という考察を行ってきました。

その中で、ほぼ共通的に表れるのが「ソクラテス対話法」です。この手法が知性の、すなわち、悟性・判断力・理性のすべての育成に効果的であるとされています。おそらくそれは間違いないと思われます。

ソクラテス対話法とは、育成年代の対象者に対して答をすぐに与えるのではなく、質問を繰り返し与え、対話の中で考えさせる手法です。この方法の効果は、しかしながら、対話相手の知的レベルと時間的余裕に大きく依存しそうです。

知的レベルの高い対話相手は対象者の思考深度をより高めることができそうです。が、自尊心が過度に高い場合には、対象者の知性が自身のそれを超えそうになると対話を放棄するかもしれません(笑)。対話相手にも「(度量の大きな)聞く耳」が不可欠です。

また、時間的に余裕のない対話相手はすぐに答を与えたり、「後は自分で調べて考えろ」と対話を放り出すかもしれません(笑)。

家庭教育でソクラテス対話法を実践するとなれば、頻度は確保できそうです。知的なおじいちゃんやおばあちゃんが近くにいれば、それはひとつの理想的環境でしょうか?そういえば、幼少期から少年期のニュートンには知的な祖母が同居していました!

他方、学校教育の中ではどうでしょうか?効率を考えると、ソクラテス対話法を「1対多」の環境で実施するしかないでしょう。あるいは、「1対1」を実現するとしても頻度や深度を極端に低くするしかありません。1年に一度とか、表層で終わるとか、、、でしょうか?

ケンブリッジ大学にはチュートリアルという「1対1」を基本とする教育制度があった(現在もある?)ようです。これは学校教育における理想です。ただし、「大学」かつ「その国のトップの機関」という環境が許す特別な制度で、すべての教育現場で求めることは不可能でしょう(※1、※2)。ですが、可能であれば小中高生の教育現場に取り入れたいところです。

※1)島田に縁深いノーベル賞学者の朝永振一郎博士の三高時代の物理学の教官は、博士の叔父に当たる方でした。親族的なチュートリアル制度を享受されていたのではないかと推察されます。

※2)某大学の某学科にはチュートリアル制度を模した「コンタクトグループ制度」がありました。が、「人生相談」と「飲み会」が活動内容でした。こちらに流れるのが日本の潮流かもしれません。

対話相手をAIとするのはどうでしょうか?AIは大学教授レベルの回答を用意してくれます。また、時間的制約も緩いはずです。ですが、最近の私のAI知恵比べでは、AIにも得手不得手があることが分かってきました。私の質問に対して「間違えたことを強く回答する」あるいは「検索先を過剰に信用し固執して偏った回答を出す」というのが現状です。間違いを指摘しても重ねて間違った回答を返してくることもあります。しかも、決して間違いを謝罪しません。AIは上手に質問を重ねる対話※ができるようになるでしょうか?
※)「ソクラテス対話教育AI」は開発されていないのでしょうか?

次回は、ソクラテス対話法を実践している現場において理想との折り合いを如何様につけているのか、考えてみることにします。

このシリーズはこちらに続きます(新しく投稿されるとそちらに飛びます)。また、このシリーズの第一回目はこちらです。

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