tim02:連載「衆愚について」2_衆愚政治が危険な理由

(抜粋)プラトンの考え方に従って「衆愚政治が危険な理由」の解明を試みています。#衆愚 #衆愚政治 #プラトン #

プラトンの『国家』(古代ギリシア語: Πολιτεία、ラテン語: De Republica)は、紀元前375年頃にプラトンによって著されたソクラテス的対話篇であり、正義(ディカイオシュネー)、正義にかなった都市国家の秩序と性格、そして正義の人について論じているそうです。イメージは現存する最古の完本写本の表紙(9世紀後半:パリ、フランス国立図書館、Gr. 1807)。こちらから転載させて頂きました。

 前回は古代ギリシャに「衆愚政治」を嘆いた哲学者を訪ねてみました。

 今日「衆愚政治」と呼ばれる現象の多くはプラトンが描いた民主政の劣化像とよく一致しているそうです。

 プラトンやアリストテレスが衆愚政治を危険視していたことが分かりましたが、その理由までは深掘りしませんでした。

 今回は「衆愚政治が危険な理由」の解明を試みます。

 例によってChatGPTに質問する形で調査しました。

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 プラトンは、「衆愚政治(民主政の堕落)」を単に「民衆は愚かだから危険だ」とは説明していないそうです。

  彼の議論は、人間の心理と政治の仕組みを結びつけて説明している点に特徴があるとのこと。

 特に『Republic(国家)※』第8巻・第9巻で、その過程を詳しく論じているそうです。
※)古代ギリシア語で Πολιτεία、ラテン語で De Republica。ギリシア語ではポリティア、ラテン語ではリパブリカというのですな。和訳からの連想では、前者は政治、後者は共和国かと。

1)プラトンの論理
 考えを簡単にまとめると、次のようになるそうです。
① 自由が最も尊ばれる
 民主政では「誰もが自由である。」ことが最高の価値になるそうです。
 これは一見すると望ましいことですが、プラトンは、

「自由そのものではなく、自由に限界がなくなること

を問題視したそうです。

② 権威が軽視される
 自由が極端になると、
・親子では子が親を敬わない。
・学校では生徒が教師を恐れない。
・国家では法律より自分の考えを優先する。
という状態になると述べているそうです。
 『国家』には、少々誇張を交えながら、

「教師は生徒を恐れ、生徒は教師を軽蔑する。」※

という印象的な記述があるそうです。
※)筆者が大学で職を得ていた際、この考え方をさかんに唱える人物が近くにいました。筆者は鈍感だったので実感はありませんでしたが、当時、すでに権威が失われつつあったのかもしれません。

 つまり、

社会全体から規律が失われる

という指摘です。

③ 大衆迎合の政治家が現れる
 秩序が弱まると、理性的な政治家よりも、「税金を下げます」、「皆さんを豊かにします」、「悪いのはあの連中です」といった耳障りのよい話をする人物が人気を集めますが、これをプラトンはデマゴーゴス(民衆扇動家)と定義したそうです。

④ 民衆は救世主を求める
 民主政が混乱すると、犯罪・混乱・経済不安などが増え、民衆は

「強い指導者が必要だ。」

と思い始めるとのこと。ここがプラトンの最も重要な指摘です。

 すなわち、「民主政を終わらせるのは外敵ではなく、民主政の中から現れる人気者」なのだそうです。

⑤ 人気者が僭主になる
 その人物は、最初、「皆さんを守ります」と言うようですが、権力を握ると、
・護衛を増やし
・反対派を処罰し
・戦争を利用し
・恐怖で支配する
ようになるそうです。

 こうして「民主政は僭主政(独裁)へ変わる」

というのがプラトンの結論だそうです。

2)なぜ民衆は見抜けないのか
 プラトンは民衆が悪意を持っているとは考えず、むしろ、政治は高度な専門技術なのに民主政では「誰でも政治を判断できる」と思い込む危険性があると考えたそうです。
 有名な「船のたとえ」は次のようなものだそうです。

 船には、船長、航海士、舵取りが必要であるのに、乗客全員が「自分が操縦したい。」と言い始めたら、船は座礁し沈没する。

 政治も同じで、「知識や徳を備えた人が導くべきだ」というのがプラトンの考えだったようです。

3)現代との違い
 現代の民主主義は、プラトンの時代のそれとは大きく異なるそうで、例えば、
・憲法
・三権分立
・独立した司法
・報道の自由
・定期的な選挙
などの制度によって、一人に権力が集中しにくい仕組みが整えられているのがその理由とのこと。

 そのため、現代の政治学では「民主政は必ず独裁に転じる」という法則としてプラトンの議論を受け入れているわけではないそうです。

 しかし、人気取りの政治家が大衆の支持を得て権力を集中させる危険性や、自由と法の支配の均衡が重要であるという警告は、現代でも民主主義を考える際の重要な論点としてしばしば参照されているそうです。

 プラトンの洞察の中でも特に印象深いのは、「民主政は外部から滅ぼされるのではなく、その内部にある過度の自由や迎合政治から自ら変質することがある」という点で、これは古代アテネの経験を踏まえた政治哲学であり、今日でも政治思想史の古典として読み継がれている理由の一つと言えるのだそうです。

《《《《《《《《ここまで《《《《《《《《

 上記「3)現代との違い」の説明では「独裁を防げば民主制は機能する」という思想が見え隠れしています。

 筆者視点からは「プラトンの指摘はそこではない」と言わざるを得ません。

 要点は「知識や徳を備えた人が政治を導くべきだ」であり、独裁の無い民主制が「知識や徳を備えた人」をトップに押し出す機能を有しているかどうかについてはノータッチです、少なくとも上記説明では。

 塩野七生氏の著作によれば、ギリシャを参考にした初期のローマは民主制ではなく共和制を採用したそうですが、「知識や徳を備えた人」を育成し、国のトップに据えるシステムの欠如をギリシャに見たのかもしれないと感じました。

 次に続きます。

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