19cw013: 19世紀の戦争_013 フランス革命戦争_11 庶民の犠牲

戦争5年目の1797年に亡くなった兵士たちを描いた絵画。こちらから転載させて頂きました。

「戦争を無くすためには戦争の本質を理解する必要がある」という考え方に立脚して本シリーズに着手しました。

前回は「金融市場の非線形性がイギリスの再戦争、すなわち、ナポレオン戦争開戦を招いた」旨を俯瞰しました。

今回はフランス革命戦争(1792年~1802年)が庶民に与えた影響の解明を試みます。

ご注意頂きたいのは「フランス革命の影響」ではなく「フランス革命『戦争』の影響」です。「戦争の影響」に限定しています。

【フランス】
フランス革命戦争は、庶民を「解放」したのではなく、国家に組み込まれ、動員され、犠牲を強いられる存在に庶民を変えたようです。
1)大量徴兵と人的犠牲
革命戦争の継続により、1793年に国民皆兵(大動員令)が実施された。これにより、農民、職人、労働者の若年男性が大量に軍に動員された。多くの庶民が戦死し負傷し、農村の労働力不足や家族崩壊が深刻化した。庶民にとって戦争は「国家の危機」ではなく日常生活を破壊する現実だった。
2)食糧不足と物価高騰
戦争による輸送混乱や投機で穀物価格が急上昇。都市の庶民(特にサン・キュロット=パリの都市民衆(労働者、職人など無産階級))はパン不足に苦しんだ。
3)国家による経済統制
政府は庶民の不満を抑えるために最高価格令(物価統制)を実施した。配給制や監視体制が広がり、日常生活が国家に管理されるようになった。戦争は庶民を「自由な市民」ではなく戦時体制下の動員対象にした。
4)政治動員の拡大
革命戦争は「祖国防衛」の名のもとに庶民を政治的に動員した。民衆集会、義勇軍、監視委員会などで庶民が政治に直接関与した。
5)恐怖政治の激化
対外戦争と内乱が結びつき、政府は「反革命」摘発を強化した。多くの庶民が密告、裁判、処刑の対象となった。庶民は「革命を守る主体」でもあり「弾圧される対象」でもあった。
6)戦争による国民意識の形成
王ではなく「祖国」「国民」のために戦うという意識が浸透し、庶民は初めて国家と直接結びつく存在になった。
7)暴力と規律の常態化
戦争と恐怖政治により暴力、処刑、軍事規律が日常化した。これが後のナポレオン独裁を受け入れる土壌となった。


【イギリス】
戦争の「後方」で庶民の負担が増大。戦場にならなかった代わりに、庶民は重税と政治的締め付けに苦しんだようです。
1)重税と物価上昇
対仏戦争の長期化で税負担増が生じ、穀物法などによりパン価格が高騰した。都市労働者や農村貧民の生活が悪化した。
2)強制徴募(プレス・ギャング)
海軍での半強制的徴募が行われた。船員・港湾労働者が突然連行される例も多発したそうです。
3)政治的抑圧
フランス革命の影響を恐れ、政府は改革運動を弾圧し、集会や言論の制限(庶民の政治参加は後退)されたとのこと。


【オーストリア】
農民の負担が継続され強化もされた。戦争による負担増のみで、庶民の権利拡大はほとんどなかったそうです。
1)農民への重い徴兵・軍役
農民が大量に徴兵され、農村経済が疲弊した。戦死者や負傷者も多ったようです。
2)封建的負担の存続
フランスと異なり、領主制および農奴的関係が維持され、地代や労役の負担は継続されたとのこと。
3)政治的保守化
革命思想流入を恐れ、検閲と弾圧を強化したとのこと。庶民の政治的発言権はほぼ皆無になったようです。


戦争は庶民に対してマイナスの結果しかもたらさないようですね。宣戦布告はルイ16世、それを後押ししたのはジロンド派、大義名分は「革命防衛」、結果は庶民に犠牲、独裁への回帰、これらを覚えておきましょう。

次回はナポレオン戦争の始まりについて焦点を当てます。

このシリーズはこちらに続きます(新しく投稿されるとそちらに飛びます)。また、このシリーズの初回はこちらです。「フランス革命戦争」ミニシリーズの初回はこちらです。  

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