
仁王門の重厚な二重の垂木飾りとその下の蟇股(かえるまた)。

蟇股の彫刻l部分を拡大。男性が素手で虎と格闘しています。水滸伝の「武松の景(虎退治)」の図像のようです。

武松の虎退治。歌川国芳画「通俗水滸伝豪傑百八人之一個」。こちらから転載させて頂きました。
このシリーズでは大日山瞰川寺の境内にある石碑石像と建築物をひとつひとつご案内しています。
今回は山門を兼ねる仁王門の二回目です。
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前回は仁王像(吽形)と市道から見上げた外観をご案内しました。
今回は蟇股彫刻を見てゆきます。
仁王門の屋根の垂木飾りは二重となっていて豪華ですが、その下の蟇股が木彫りの彫刻となっています。
「蟇股(かえるまた)」とは 社寺建築などで、梁と桁(けた)、または桁と上の構造材との間に置かれる部材で、蛙が脚を広げた姿に似ているところからこの名がついたといわれているそうです。12世紀に中国から導入された当初は梁の上に置かれて上の材料を受ける構造材であったようですが、のちに装飾部材としても用いられるようになったとのこと。
大日山瞰川寺の仁王門の蟇股は「素手で虎と格闘している男性」の彫刻です。虎の造形が「写実+誇張」の江戸的様式なのだそうです。
江戸時代には寺社彫刻に「中国の義侠・武勇譚」を取り込むことが非常に流行したそうです。「悪を挫き、寺を守る武勇の象徴」として仁王門に刻まれたそうで、仁王門の本来の「外敵退散」の機能と英雄譚が非常に相性がよいとのことです。
どうやら、水滸伝の「武松の景(虎退治)」の図像のようです。
御参考までに仁王門が完成した1802年の四年前に生まれた歌川国芳(1798年~1861年)の浮世絵を添えておきました。
普段は何気なく通過する仁王門ですが、細部に江戸後期の岸村民の思想が宿っていると感じ入りました。
このシリーズはこちらに続きます(最新記事がアップされたらそちらが表示されます)。また、本シリーズの初回はこちらです。
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