
観世音菩薩像の右側面の文字。
このシリーズでは大日山瞰川寺の境内にある石碑と御地蔵様をひとつひとつご案内しています。
今回は観世音菩薩像の3回目です。再々調査の結果をお知らせします。
前回は正面、左側面、右側面の文字の読み解きを試みた結果をご案内しました。
建立した年(1773年)や人物(「長〇〇」さんと「信介」さん)の輪郭が掴めたと考えています。
再々調査を進めた結果、正面の文字の解読が進みました。
上図をご覧願います。
最上部は前回通り「奉納」です。
その下に縦二列の文字列が並んでいて、右側は「西國〇〇」とご案内していましたが、より精密な解析により「西國以東」であることが判明しました。ChatGPTによれば江戸時代の巡礼者・旅行者を表す定型句なのだそうです。その人々の出身地を示す場合もあるようです。
江戸時代の順礼は西国三十三所など西国の霊場を巡る行為が中心だったようで、「西國以東」と書くことで、畿内・東国・関東以北の巡礼者にも向けた奉納・供養であることを示している場合があるそうです。
左側は「〇〇當國」と読めますとご案内していましたが、こちらも解析が進みました。「『旅』交當國」と読めます。『旅』は、正直なところ、自信を持てません。漢字の偏が「方」であるらしいところまでは解ったのですが、、。「交」は同じ意味を表す爻という字かもしれません。
筆者の解読が正しければ「当国で旅を交える」という巡礼者・旅行者の行動を示す一文と解釈されます。実際、江戸時代には「旅交」という言葉が宗教・社交・道中安全を意識した文脈で使われ、旅先での人々との関わりや行動を伴う旅を指すことが多かったとのことです。
まとめると、「西國以東 旅交當國」には「畿内・東国・関東以北の人々が駿河の岸村の地に旅して交わる」という意味が考えられます。
その下に再び縦一行の文字列があり「順礼〇番〇」と読めるとご案内しましたが、少し間違いがありました。どうやら、「順礼供養」のようです。
「順礼供養」は巡礼者の功徳を願う言葉なのだそうで、観世音菩薩信仰において自然な表現とのことです。
観世音菩薩像、より深い考察を進める所存です。
このシリーズはこちらに続きます(最新記事がアップされたらそちらが表示されます)。また、本シリーズの初回はこちらです。
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