「狭量」は性質ないし状態と捉えられる様です。性質であれば根深いのですが、状態であればその回避方法もあるのでは考えてしまいます。そこで「狭量『状態』」について調べてみることにしました。

昨今、「狭量」と評するほかにないという人物、特に著名人が散見されます。
そこで、改めて「狭量」を本連載で考えてみることにしました。
前回の調査で「狭量」は性質であり状態でもあると知りました。
ある人にとって「狭量」が性質であれば本格的な修練による改善が必要ですが、状態であれば気付きレベルで狭量状態を避ける方策が、場合によっては、あるかもしれません。
そこで、狭量状態に陥りやすい理由を調べることにしました。
例によってChatGPTに質問する形で調査しました。
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1)概要
「狭量」を性格(trait)ではなく、状態(state)として捉える考え方は、現代の心理学ともよく一致するそうです。
確かに辞書では「狭量な人」と説明されることが多いものの、現実には同じ人物でも、ある状況では寛容で、別の状況では狭量になることは珍しくないと見るのが自然なようです。
2)狭量状態の背景や原因
(ア)疲労・睡眠不足
心の余裕が失われ、小さなことでも許せなくなる。
(イ)強いストレス
注意や感情のコントロールが難しくなり、自分を守ることが優先される。
(ウ)恐怖・不安
「損をしたくない」「失敗したくない」という意識が強まり、他者への寛容さが低下する。
(エ)時間的切迫
急いでいると、他人の行動を受け入れる余裕がなくなる。
(オ)資源の不足
お金、食料、仕事などが不足すると、自分の取り分を守ろうとする心理が働きやすい。
(カ)競争環境
勝敗や評価が強く意識されると、他者への共感より自己利益が優先される。
(キ)強い怒り・屈辱
一時的に視野が狭まり、相手の事情を考えにくくなる。
(ク)価値観への脅威
自分が大切にする信念や所属集団が否定されたと感じると、防衛的になりやすい。
(ケ)権力や責任
立場によっては規律維持を重視するあまり、寛容さが失われることがある。
3)共通点は「余裕の喪失」
これらに共通するのは、
「心理的な余裕(認知的・感情的な余裕)が失われること」
と分析することができるようです。
人間は、余裕があるときには他人の事情を考えたり、失敗を許したりができますが、余裕を失うと、判断が「自分を守ること」に集中し、結果として狭量な態度が現れる※ことに。
※)これを狭量状態※※と定義してよさそうです。
※※)なお、筆者はこれとは別に「能力<<任務」の場合に定常的な(心と態度の)狭量状態が続くことが有るように考えます。
4)社会全体の「狭量」化
「人間社会」という観点から見ると、狭量状態は個人だけでなく社会にも当てはまるそうです。
例えば、
・戦争
・大恐慌
・大規模災害
・急激な社会変動※
のような状況では、社会全体が不安や資源不足に直面し、排他的・不寛容な傾向が強まることがあるとのこと。
※)昨今の外国人ヘイトの背景はこれでしょうか?
逆に連帯や助け合いが強まる場合もあるとのことですが、「集団として狭量になりやすい条件」は社会心理学や歴史学でも重要な研究テーマとなっているそうです。
5)儒教との関係
儒教が「君子は度量が広い」と説いた背景には上記のような人間理解が窺えるそうです。
なお、儒教では、度量の広さは生まれつきだけで決まるものではなく、
・学ぶこと
・修養すること
・感情を節すること
によって※養われる徳と考えられてきたようです。
※)学びと修養には時間が掛かりますな、一般に。対して、感情抑制にコツが役立つ場合には短期的改善となりそうです。本稿での定義では、前者が狭量性格、後者が狭量状態ということになりそうです。
つまり、「狭量」は固定的な人格ではなく、修養によって克服すべき状態としても捉えられていたそうです。
《《《《《《《《ここまで《《《《《《《《
狭量状態への陥落を避けるには(2)の(ア~ケ)を回避する事前方策が必要ということになりそうです。
(5)の儒教の考え方でも、基本は「個人的対策」が取り上げられています。
ところが、(4)の社会の狭量化については、その回避策が個人の努力の範囲外にあったりします。
この場合は政治※の出番ということになるのでしょうか?
※)狭量化をあおる人々は政治家にあらずということになりますか???
次に続きます。




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