dbme036: 大日山瞰川寺の石碑と御地蔵様(36)庚申塚 その4意外な展開

庚申塚。先般ご案内の刻印文字を浮き上がらせる方法で撮影したものです。

外枠の文字で解読できたと考えるものを露わとしました。黄色字はかなり確実、オレンジ色字は「たぶん」、青字は「疑心暗鬼だが、、」です。猿像の上部もイメージに含めました。

このシリーズでは大日山瞰川寺の境内にある石碑石像と建築物をひとつひとつご案内しています。

今回は庚申塚の四回目です。初回はこちら、二回目はこちら、三回目はこちらにあります。

刻印文字の解読が少し進んだのでその結果をご案内します。

なお、誤解読の可能性も含まれますので、その旨をご了承ください。間違い判明次第、修正を加える予定です。

以下、赤文字は判読に100%の自信が持てない部分です。

まず、外枠の右側ですが、「午賑寛文七年」とあります。以前は「寛文元年」と誤読していましたが、「七年」が正しいようです。

この解読は外枠の左側の文字「丁未(ひのとひつじ)」と合致します。これが表す干支が寛文七年(1667年)のものだからです。

明治維新(1868年)の約200年前の建立のようです。世間ではこの時期に庚申塚が建立され始めたそうなので、時代背景とも合致します。

最初の二文字「午賑」については解読作業を継続中です。ですが、これが正しいとすると意外な展開の可能性がある旨をChatGPTが示唆してくれました。ChatGPTが正しければ、、、ですが。

以下はその説明です。

寛文七年の干支が未(ひつじ)であることは上述しました。その前年は午(うま)年で、しかも、2026年と同じ丙午(ひのえうま)なのだそうです。360年前の寛文七年なので、干支の60年周期の6倍ということで合致します。

「午賑」は前年(午年)の社会事業(賑=賑恤※)を記念して寛文七年(未年)に建立されたことを意味する」とChatGPTはいうのです。
※)賑恤とは貧乏な人や被災者を救うために、金銭や物を与えること。

それが庚申講と結びついた、あるいは後に庚申塚として再利用された可能性があるとのことです。

すなわち、ChatGPT説では「本来は『午賑』を記念する救済碑(寛文七年建立)であり、後世に『庚申信仰』と結びつけて再解釈および再利用された可能性が高い」とのこと。その根拠は「午賑」の二文字にあるようです。

というのも、寛文七年は庚申講が大流行した時代よりも前であり、その後によく見られる三匹猿(見ざる聞かざる言わざる)ではなく、猿が二匹であることがそれを象徴しているらしいのです。上掲イメージをご参照ください。

さらに、猿二匹が向かい合い、左の猿が宝珠のような丸いものを顔よりも上に捧げ、右の猿が蓮華のようなものを抱えているのも「社会事業との整合性が良い」らしいのです。

宝珠は「施し・賑恤」と非常に相性がいいそうで、蓮華は確定的に「仏教的※」なのだそうです。
※)庚申信仰は道教に由来しているため、後に仏教と習合したとはいえ、「仏教的なもの」とは若干の齟齬があるようです。そのために「本来は救済碑」説となるそうです。なお、当該石碑の最上部には卍が刻まれていて、仏教との関連が強く示唆されています。

この二匹の猿が「施しによって人々が救われ、功徳として成仏・浄化される」という思想を表すのだそうです。


ちなみに、寛文年間には災害が頻発したようで、以下のようなものがあったそうです。

1)寛文地震(1662年(寛文二年))
〉京都大坂近江などで大規模地震が生じ甚大な被害が生じたそうです。琵琶湖周辺で地盤変動が生じ、湖岸が沈下したとのこと。多数の家屋倒壊や死者が発生したそうです。

2)洪水・水害
〉各地で生じたようです。利根川流域、淀川流域、木曽三川などが被災地となったとのこと。台風や長雨による大洪水で、新田開発地の被害が特に深刻だったようです。

3)寛文の飢饉
〉冷夏(小氷河期と関連あり)、長雨、洪水および地震後の農地荒廃が原因となり、米価が高騰し、農民の困窮や逃散が頻発したようです。

洪水や水害については駿河國や遠江國でも深刻だったようで、駿河国諸家日記に1660年代前半〜中頃に大雨で河川氾濫、田畑被害多数とあり、浜松藩の記録に1663年〜1665年にかけての長雨による堤防損壊と水害が複数記載されているとのこと。

大井川についても駿河国諸家日記や幕府年貢記録などに「1660年代前半〜中頃に大井川の氾濫で農地被害」とあるそうです。

大日山瞰川寺の「庚申塚」とこれらの大災害との関連性は極めて高そうです。


「困っている人々や立場の弱い人々を救済しようとした記念碑が島田市岸の大日山瞰川寺にある」(かも)、これは素晴らしいことではないでしょうか?

衆議院選挙の折り、心ある政治家には、是非、参拝して決意を新たにして頂きたいものです。


すみません。ここまで書き留めたところで心の震えが止まらず、執筆が続行不能となってしまいました。


次回は内側部分の一部の解読結果をご案内する予定です。


このシリーズはこちらに続きます(最新記事がアップされたらそちらが表示されます)。また、本シリーズの初回はこちらです。

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