19cw038: 19世紀の戦争_038 第一次アフガン戦争(1838年~42年)_8 シャムが間接統治を受け入れた経緯

パークナム事件(the Paknam incident、1893年)におけるフランス(左側)とシャム(右側)の格差を風刺したイギリスの漫画。こちらから転載させて頂きました。

1893年の仏暹条約における「見事なまでの不動ぶりのジョン・ブル」の風刺画。シャムの賠償金援助を断ったジョン・ブル(イギリスの象徴)は「条約があろうとなかろうと、私は取引を続けるつもりだ」と傲慢に言い放っているようです。シャムのラーマ5世とフランス高官(オーギュスト・パヴィ?)の対比が強烈です。こちらから転載させて頂きました。

「戦争を無くすためには戦争の本質を理解する必要がある」という考え方に立脚して本シリーズに着手しました。

少し前から第一次アフガン戦争(1838年~42年)へ着目し始めています。

前回は第一次アフガン戦争で惨敗したイギリスが図った戦略転換をアフガニスタン以外の国々に適用する中で、独立の体面を保ちながら実はイギリスに間接統治されていたというシャム(現在のタイ)について着目しました。

間接統治の実態を把握するためです。

その中で、筆者は「日本の明治政府とどこが異なったのか、、」という疑義を抱くようになりました。

「不平等条約」やら「治外法権」やら「西洋化改革」やら、中学高校の日本史で習ったはずの用語が「イギリスのシャム間接統治」に出てきたからです。

そこで、「おそらく、シャムが間接統治を受け入れざるを得なかった経緯を調べれば、答えに辿り着く」と考えた次第です。

そこで、ChatGPTに質問する形で「シャムが間接統治を受け入れた経緯」について調べてみました。

結果は以下の通りです。

》》》》》》》》ここから》》》》》》》》

結論から言うと、シャム(現在のタイ)はイギリスの「間接統治を受け入れた」というより、列強に挟まれた中で主権を守るために“部分的な従属・譲歩”を選んだというのが実態だったそうです。

完全な植民地にはならず、緩衝国家として生き残る戦略だったとのこと。

以下では、その背景がプロセスで説明されています。

1)地政学的な圧力(最も重要)
19世紀後半、東南アジアは列強に分割されていきます。
・西:ビルマ → イギリス領
・東:フランス領インドシナ(ベトナム・ラオス・カンボジア)
シャムはその真ん中に挟まれた
つまり:
・イギリスとフランスの緩衝地帯としての価値があった
・どちらかに完全に取られると、もう一方と衝突するため、列強同士も「完全併合」は望まなかった

2)軍事力の限界
当時のシャムは近代国家化の途中で、
・常備軍・兵器・指揮系統は欧州に劣る
・海軍力はほぼ対抗不能
実際、パークナム事件(1893年)ではフランス艦隊がバンコク近くまで進出し、屈服を余儀なくされたとのこと。
「戦えば負ける」は明白だった。

3)不平等条約の受け入れ(主権の一部放棄)
列強は軍事力だけでなく、法的にも圧力をかけたそうです。
代表例:ボウリング条約(1855年)
内容:
・関税自主権の制限
・領事裁判権(外国人は自国法で裁かれる)
これは「半植民地的状態」であり、完全統治ではないが主権は大きく制限された

4)領土の段階的喪失(代償としての独立維持)
シャムは独立維持の代わりに周辺領土を放棄。
・ラオス→フランスへ
・カンボジア→フランスへ
・マレー半島北部→イギリスへ
「中心を守るために周辺を切る」戦略

5)王による上からの近代化
特に重要なのが:ラーマ5世(チュラロンコン)
・官僚制度の整備
・奴隷制廃止
・教育・法制度の西洋化
を開始。目的は明確で「未開ではない=植民地化の口実を与えない」

6)巧妙な外交(バランス戦略)
シャムは一方に依存せず、
・イギリスとフランスを競わせる
・どちらにも一定の譲歩をする
「等距離外交」で飲み込まれないようにした

7)結果
インドのようにイギリスが内政を直接コントロールしたわけではない
むしろシャムは:
・形式上は完全独立
・実質は強い制約下
状態としては「非公式帝国(informal empire)」や「半植民地」
シャムが譲歩した理由:戦えば滅びるが、譲れば生き残れる状況だった結果:
・主権の一部(関税・司法)を手放す
・周辺領土を失う
・しかし国家そのものは維持
歴史的に、この選択はしばしば「東南アジアで唯一植民地化されなかった国」として評価されるものの、実態は完全な勝利ではなく、巧妙な損切りと生存戦略だったとのこと。

《《《《《《《《ここまで《《《《《《《《

、、、日本との違いが判らないのですが、、、。

領土割譲は無かったけれど、薩英戦争や長州戦争では賠償金を払っているし、、、幕府が、、、。

次に続きます。

このシリーズはこちらに続きます(新しく投稿されるとそちらにリンクされます)。
このシリーズの初回はこちら、同じく前回はこちらです。
「第一次アフガン戦争」小シリーズの初回はです。他のミニシリーズの初回は以下の通り。
・「フランス革命戦争
・「ナポレオン戦争
・「テキサス独立戦争」    

コメント / Comments

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です