
仁王門の鬼瓦。鐘楼の鬼瓦には「大日」の合字が形成されていましたが、こちらには大日山瞰川寺の寺紋が作り込まれています。

寺紋の拡大写真。蔦が形作られているようです。
このシリーズでは大日山瞰川寺の境内にある石碑石像と建築物をひとつひとつご案内しています。
今回は山門を兼ねる仁王門の三回目です。
前回は蟇股(かえるまた)彫刻が「水滸伝の武松(ぶしょう)・虎退治」と思われる旨をご案内しました。
今回は鬼瓦を見てゆきます。
そこには大日山瞰川寺の寺紋が形作られていました。鐘楼の鬼瓦の合字「大日」とは異なります。
山門は結界の起点なので、寺紋が守護の象徴となるそうです。
大日山瞰川寺の寺紋には蔦(つた)が使われているようです。
蔦は密教寺院や修験道系寺院で用いられるそうです。弘法大師一刀三礼の大日如来像を本尊とする大日山瞰川寺の寺紋として得心されます。
また、空也律師のゆかりの寺院では民間信仰との結びつきが強く、独自紋を伝えていることも珍しくないそうです。これまた、大日山瞰川寺を開山されたとされる空也律師との整合性が確認されます。
仁王門は1802年完成、鐘楼は1814年完成と両者の完成時期はずれていますが、守護の仁王門と法音伝達の鐘楼、それぞれの役割が深く考慮された鬼瓦となっています。当時の企画立案および建立における知性が感ぜられます。
普段は何気なく通過する仁王門ですが、細部に江戸後期の岸村民の思想だけでなく1100年の歴史が宿っていると感じ入りました。
このシリーズはこちらに続きます(最新記事がアップされたらそちらが表示されます)。また、本シリーズの初回はこちらです。
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