19cw036: 19世紀の戦争_036 第一次アフガン戦争(1838年~42年)_6 その後のイギリス

イギリスに直接支配されたマレーシアは「土地と労働を動員して資源を掘り尽くされる植民地」となってしまったようです。写真は当地のすず鉱山。こちらから転載させて頂きました。

「戦争を無くすためには戦争の本質を理解する必要がある」という考え方に立脚して本シリーズに着手しました。

少し前から第一次アフガン戦争(1838年~42年)へ着目し始めています。

前回は第一次アフガン戦争で惨敗したイギリスが戦略転換を(アフガニスタンについては)図った旨を俯瞰しました。

そこで、ChatGPTに質問:「その戦略変換はその後のアジア諸国に流用されましたか?」

回答は「アフガニスタンで学んだ『直接支配を避け、間接的にコントロールする』発想は、他地域でも“部分的には流用されたが、そのままの形ではない」とのことです。

以下、地域ごとにかなり使い分けている辺りを俯瞰しました。

1)まず前提:イギリスの基本戦略
第一次アフガン戦争の教訓は: コストの高い内陸国の直接支配は割に合わない
その結果生まれたのが:
・ 緩衝国家(buffer state)
・ 間接統治(indirect rule)
・ 海洋支配重視

2)対中国:かなり(アフガニスタンと)近い(ただし別の形)
対象:清
やったこと
・ アヘン戦争で軍事圧力
・ 港湾・通商権・租界を獲得
・ しかし中国本体は支配しない
これはまさに「内政には深入りしないが、利益は取る」
評価:アフガン後の発想とかなり整合的

3)対タイ:ほぼ同じ発想
対象:シャム
やったこと
・ 植民地化せず独立維持
・ 英仏の間の緩衝国家として扱う
これはほぼ教科書的なアフガン型の成功例
⇒イギリスはシャムに対してどのように間接統治をしたのでしょうか?深掘りしたいところです。

4)対マレーシア:むしろ逆(直接支配)
対象:マラヤ
やったこと
・ 植民地化
・ 保護国化
・ 行政・経済を直接管理
なぜ違うか?
・ 海沿いでアクセス容易
・ 経済価値(ゴム・錫)が高い
・ 抵抗コストが比較的低い
評価:アフガンの教訓はあまり適用されていない

4)対日本:そもそも適用不能
対象:日本
やったこと
・ 軍事衝突ほぼなし
⇒薩摩や長州とはやったはずですが、、
・ 外交・通商関係
・ むしろ同盟へ(後に日英同盟)
理由:
・ 日本は強い中央集権国家
・ 軍事的にも簡単に干渉できない
評価:アフガン型とは別カテゴリ(対等外交)
⇒上記は全面的に信用できないでしょう。中国と同じタイプとしても否定できないはずです。

5)まとめ
イギリスは「アフガンでの失敗を“普遍原則”にはせず、“条件次第で使う戦略の一つ”として吸収した」

次に続きます。

このシリーズはこちらに続きます(新しく投稿されるとそちらにリンクされます)。
このシリーズの初回はこちら、同じく前回はこちらです。
「第一次アフガン戦争」小シリーズの初回はこちらです。他のミニシリーズの初回は以下の通り。
・「フランス革命戦争
・「ナポレオン戦争
・「テキサス独立戦争」    

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