19cw047: 19世紀の戦争_047_米墨戦争_1846年~48年_1_概要

ジェームズ・ノックス・ポーク(James Knox Polk [poʊk], 1795年 – 1849年)はテキサス共和国の併合を公約に掲げて米国大統領に当選。こちらから転載させて頂きました。

 「戦争を無くすためには戦争の本質を理解する必要がある」という考え方に立脚して本シリーズに着手しました。

 ここしばらくは、イギリスが清国(中国)に仕掛けたアヘン戦争(1839年~42年、56年~60年)に焦点を当て、まずは第一次アヘン戦争を俯瞰しました。

 清国が直接の対戦相手であるイギリスに優遇措置を与えるのは敗戦の結果として理解できましたが、間髪入れずにアメリカ、フランス、その他欧州各国に同様の優遇措置を与えたのを不思議に感じ、その理由を知りたいと考えて前回はその点を深掘りしました。

 日本の幕末明治初期の不平等条約に通ずる部分があるように感じたためです。
⇒⇒日本は敗戦しなかったにもかかわらず不平等を受け入れました。清国の態度についてのChatGPTの説明に対して完全には納得していませんが、、。

 今回は漁夫之利国だったアメリカが第一次アヘン戦争の後に起こした米墨戦争(1846年~48年)を俯瞰することにします。

 例によって、ChatGPTに質問する形で調査を進めました。

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0)米墨戦争(べいぼくせんそう)とは
 1846年から1848年にかけて、アメリカ合衆国とメキシコの間で行われた戦争で、結果を一言で表すと
「アメリカが勝利し、現在のカリフォルニア州を含む広大な領土を獲得」
となるそうです。

1)背景
ア)テキサス問題
 もともとテキサスはメキシコの領土でしたが、19世紀前半に多数のアメリカ人移民が流入。
 やがて移民たちはメキシコ政府と対立し、テキサス革命(?)を起こし、その結果、テキサス共和国が独立。
 ただし、
・テキサスは独立したと主張
・メキシコは独立を認めない
という状態だったそうです。

イ)アメリカの膨張主義
 当時のアメリカには
「大西洋から太平洋まで発展するのは神の意思である」
というマニフェスト・デスティニーが広まっていたとのこと。
 1845年にアメリカ合衆国はテキサス共和国を併合。
 当然メキシコは反発。

ウ)開戦
 争点は国境。
・アメリカ:「国境はリオグランデ川」
・メキシコ:「国境はヌエセス川」
と主張※。
※)リオグランデ川はメキシコとテキサス州の現在の国境をなす大河。ヌエセス川はリオグランデ川よりも北側にあり、現在はテキサス州内部の川。
 1846年に係争地で両軍が衝突し※、第11代米国大統領のジェームズ・K・ポークは「アメリカの領土でアメリカ人の血が流された※※」として議会に宣戦を求めた※※※そうです。
※)米軍がヌエセス川を越えて南下したことで両国は衝突状態となったそうです。
※※)リンカーン(この時は下院議員)は「本当にアメリカの領土だったのか?」と問いただすスポット決議を提出したそうです。
※※※)当時もアメリカの宣戦布告の権利は議会にあったそうです。

エ)戦争の経過
アメリカ軍は優勢だったとのこと。
・北部戦線:テキサス方面から進軍。
・西部戦線:カリフォルニアを占領。
・中央戦線:1847年にアメリカ軍はメキシコ首都メキシコシティを占領※。
※)係争地である川からメキシコシティは1000㎞弱も離れています。アメリカはメキシコ湾のベラクルスから海軍が上陸し、メキシコシティに到達したようです。第一次アヘン戦争でイギリス海軍が係争地から遠く離れた南京まで進んだ経緯と酷似しています。カリフォルニアに関しては当時のアルタ・カリフォルニア(メキシコ領カリフォルニア)の州都モンテレイに海軍が侵攻したようですが、そこまでの距離は2500㎞弱です。当時の米国太平洋艦隊(中型軍艦4杯が主力)※※が使われたようです。
※※)太平洋艦隊司令官のJohn D. Sloat提督は、「戦争が始まったことが確実なら、直ちにカリフォルニアを占領せよ」という事前命令を受けていたそうです。宣戦布告の伝達は東海岸のワシントンから海路(大西洋⇒インド洋⇒太平洋⇒西海岸)によって届けられたようです。
⇒⇒「言いがかりをつけて係争地で戦争を起こし、そこだけにとどまらず1000㎞進軍し、大幅な譲歩を勝ち取る」は当時の(?)列強の定石だったようですな。しかも米墨戦争におけるアメリカは開戦前からそれを意図していたらしい。

オ)講和
 1848年にグアダルーペ・イダルゴ条約が結ばれ、メキシコは
・カリフォルニア
・ネバダ
・ユタ
・アリゾナの大部分
・ニューメキシコ
・コロラドの一部
などを割譲したそうです。
⇒メキシコは領土面積が半減したようです。
 現在のアメリカ西部の広大な地域は、この戦争の結果得られたもとのこと。

カ)歴史的意義
アメリカにとって
・太平洋岸へ到達
・カリフォルニア獲得
・ゴールドラッシュ直前の領土確保
・後の大国化の基盤形成

メキシコにとって
・国土喪失
・政治的不安定化
・対米不信の原点

世界史的には
アヘン戦争は「半植民地化」の典型例
米墨戦争は「領土拡張型帝国主義」の典型例
として並べて論じられることが少なくないそうです。

《《《《《《《《ここまで《《《《《《《《

アメリカ国民も帝国主義に染まっていたということのようですな。テキサス共和国併合を公約に掲げたポーク氏を大統領に選出した訳ですから。

1848年にカリフォルニアを得たアメリカは太平洋艦隊の整備の本格的着手を進めたようで、1853年のペリー来航は太平洋艦隊の拠点形成の一環だったようです。

次に続きます。

このシリーズはこちらに続きます(新しく投稿されるとそちらにリンクされます)。
このシリーズの初回はこちら、同じく前回はこちらです。他のミニシリーズの初回は以下の通り。
・「フランス革命戦争
・「ナポレオン戦争
・「テキサス独立戦争
・「第一次アフガン戦争」 
・「第一次アヘン戦争」   

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