dbme042: 大日山瞰川寺の石碑と御地蔵様(42)庚申塚 その7 人名と龍尾?が顕わる


↑ 「庚申塚 その3」でご案内した「ひかり拓本」の「猿像」の下の部分。再撮影の結果、人の形をした造形と考えていたところの一部に人名が出てきました。黄色文字は解読に自信、オレンジ色文字は「おそらく」、水色文字は「半信半疑」、そして赤色文字は「??」を表します。また、龍(または蛇)の尾と思われる形(水色点線)も浮かび上がりました。自信のほどは文字と同程度です。

このシリーズでは大日山瞰川寺の境内にある石碑石像と建築物をひとつひとつご案内しています。

今回は庚申塚の六回目です。初回はこちら、二回目はこちら、三回目はこちら、四回目はこちら、五回目はこちら、六回目はこちらにあります。

ひかり拓本の文字解読作業を継続しています。

撮影用カメラの設定(露光時間やフィルム感度など)を変えて不鮮明だった刻印文字が明瞭にならないかと試みています。

ただし、どうしても読み取れない文字が散見され、文章としての解読が行き詰まったりしています。

そこで、今回は猿像の下の部分を見直してみました。

驚いたことに、「小さな人間の像」が並んでいると考えていた部分に人名と思われる文字が浮かび上がってきました。

全部で縦十行あるので、おそらくは、10名の人名が刻まれていると考えられます。

この人名も解読途中ですが、、、。

三文字から四文字の人名なので、侍ではなく村民の皆様だったと考えられます。

また、この10名の方々が「石碑建立に貢献した人々」なのか、「前年に救済を施した人々」なのか、とても気になります。

が、現時点で分かっていません。

さらに、二匹の猿像の間に下から延びる尾っぽのような像が浮かび上がりました。

龍なのか?蛇なのか?

江戸時代寛文年間建立の庚申塚に龍の造形が施されることは無いことは無いそうなので、「隠された龍像」なのかもしれません。

ただし、猿像は深い浮き彫りとなっていて目視で明確に判別できるのに対して、龍(ないし蛇)の像が「文字と同程度に風化・摩耗している、この差異の根拠を理解する必要がありそうです。

「猿>>龍(または蛇)」はちょっと考えにくいという印象です。

ですが、ChatGPTは以下の説明を返してきました。

「状況によっては猿が龍より宗教的に重要視される例は十分にあります。特に日本の民間信仰ではその傾向がはっきり見られます。」

山王信仰※などでは「猿は神の使い」とされるようです。

※)日吉社を起源とするようですが、その始まりは最澄が比叡山を開山した際に天台守護の護法神として祀ったことに始まるそうです。

他方、龍や蛇は水の象徴として扱われたらしく、もしかすると、寛文年間に多発したとされる水害を象徴しているかもしれません。

あくまで、筆者の解釈です。

とまれ、ひかり拓本の撮影方法に改善の余地がありそうなので、調査の継続を進めます。

「夜の境内で撮影して(怪しい人物と間違えられないように(笑))」「自宅のパソコンで画像調整の上で」「解読」という3段階の繰り返しとなりますが、時間がどうしても掛かってしまいます。

これまで述べたように、本石碑建立360周年の本年10月28日までの完全解読を目指して、鋭意努力する所存です。

解読がさらに進んだところで改めてご案内する予定ですが、慎重に行っていますので時間が掛かるかもしれません。

このシリーズはこちらに続きます(最新記事がアップされたらそちらが表示されます)。また、本シリーズの初回はこちらです。
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