or018: 大井川の研究_18 大井川鐵道の歴史_4

長島ダム駅に停車中の井川線列車。井川方面行きは制御車が先頭。こちらから転載させて頂きました。

このシリーズでは大井川のことを深く理解するために徹底的な研究を進めています。

前回までは大井川鐵道大井川本線の歴史を俯瞰してきました。

今回からは井川線の路線データと歴史について見てゆきます。井川線の路線データは以下の通りです。

路線距離(営業キロ):25.5 km
軌間:1,067 mm(※)
駅数:14駅(起終点駅含む)
複線区間:なし(全線単線)
電化区間:アプトいちしろ – 長島ダム間(直流1,500 V)
閉塞方式:特殊自動閉塞式
最高速度:30 km/h[1]
トンネル:61か所
橋梁:55か所
所有者:中部電力(運営委託者)(※※)
運営者:大井川鐵道(運営受託者)

》※)東海道本線と同じ狭軌なのですね。ということは、井川線の列車が東海道本線を走ることができるということであり、東海道本線の駅から井川までの直通運転が可能ということですね、、、。
》※※)所有者が中部電力なのですね、、、。ダム解体の際に井川線が大活躍するのでは、、、と考えたのは秘密です(笑)。

以下は井川線の歴史です。昭和の最後までで一区切りとします。

1935年(昭和10年)3月20日:大井川電力の専用鉄道として大井川専用軌道千頭 – 市代(現在廃止)間で運行開始(762 mm軌間、内燃動力)。川根両国駅、沢間駅開業。
》大井川電力は1934年に設立され、1939年には日本発送電株式会社に統合され、その後、中部電力へと引き継がれた会社のようです。
》大井川ダムは1936年の竣工です。
》川根両国駅と沢間駅は千頭に直近の井川側の二駅です。

1936年(昭和11年)11月19日:1,067 mmに改軌。ただし、千頭 – 沢間間は軌間762 mmの寸又川専用軌道(のちの千頭森林鉄道)が乗り入れるため三線軌条。
》寸又川専用軌道は第二富士電力により運用された森林鉄道で、沢間 – 大間間(10.5km)が1931年に開通。千頭ダム建設の際に水利権の補償として建設されたのが端緒のようです。

1954年(昭和29年)4月1日:中部電力の専用鉄道として大井川ダム – 堂平(井川駅の先)間の運行開始。中部電力専用鉄道に改称。
》井川ダム着手は1952年で、それと並行して中部電力専用鉄道は準備されたようです。井川ダム竣工は1957年。

1959年(昭和34年)8月1日:中部電力専用鉄道を大井川鉄道が引き継ぎ、大井川鉄道井川線として旅客営業開始。土本駅、川根小山駅、奥泉駅、川根市代駅、川根唐沢駅、犬間駅、川根長島駅、尾盛駅、閑蔵駅、亀久保信号場、井川駅開業。
》ダム工事鉄道から旅客鉄道に転身したようです。

1969年(昭和44年):千頭森林鉄道が廃止され、廃止後に千頭 – 沢間間の762 mm軌条が撤去される。

1970年(昭和45年)11月:千頭 – 川根両国間に並行する側線を往復するミニSL列車の運行開始。

1971年(昭和46年)4月1日:井川 – 堂平間廃止。亀久保信号場廃止。
》井川駅の千頭側にあった駅「亀久保信号場」は奥泉ダムの近辺にあったようです。

1981年(昭和56年)8月1日:大加島仮乗降場開業。
》大加島仮乗降場は長島ダム建設に伴う井川線の路線変更により廃駅となったそうです。

》》》》このシリーズはこちらに続きます(新しく投稿されるとそちらに飛びます)。また、このシリーズの初回はこちらです。「大井川鐵道の歴史」ミニシリーズの初回はこちらです。その他のミニシリーズの初回は以下の通りです。
・「ダム
・「本流の変遷」 
・「」 

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