
このシリーズでは大日山瞰川寺の境内にある石碑石像と建築物をひとつひとつご案内しています。
今回は庚申塚の十回目です。
完全に嵌っています(笑)。
当該の石碑が、おそらくは「庚申塚」ではなく、「被災者救済(賑恤※)記念碑」である点が筆者を惹きつけて離さない核心です。
※)賑恤(しんじゅつ):弱者救済を意味します。
かつての日本人が普通に持っていたであろう「立場の弱い人々に寄り添う気持ちと行動」が島田市岸の大日山瞰川寺の石碑の碑文として刻まれている可能性が高いと考えたためです。その全容を知りたいと欲しています。
初回はこちら、二回目はこちら、三回目はこちら、四回目はこちら、五回目はこちら、六回目はこちら、七回目はこちら、八回目はこちら、九回目はこちらに、それぞれ、あります。
しつこく(笑)、ひかり拓本の文字解読作業を継続しています。
前回(九回目)では全九行のうちの第五行目と第六行目の解読結果をご案内しました。五行目がかなり難しく、解読の詰めに時間が必要だった旨も説明しました。
今回は第七行目と第八行目です。
第七行目を「供俻香花燈明飯米餅菓篲筕」と読み取ってみました。
正直なところ、最後の三文字「菓篲筕」はかなりのあてずっぽうです(笑)。
刻印文字の消耗が特に激しい部分であり、同時に、第七行が供物のリストアップの為、前後の文字からの推定も限られるためでした。
まずは、冒頭の「供俻」。「供」は自明です。「俻」は「備」の異体字とされます。「供俻」は「供え整える」という意味のようです。
何を供え、何を整えるのか?
・香花
・灯明
・飯米
・餅菓
・篲筕(ほうきとむしろ)
最後の「篲筕(ほうきとむしろ)」については、仏前・堂内を清浄に保つための掃除具・敷具を指す可能性が高く、「供養の場を整える」という意味合いが込められているようです。
次の第八行目です。
「俍伏願者二世安穏吉祥神光思之」と読み取ってみました。
「俍」は「よい、技術が優れている」という意味だそうです。
全体としては「よき心で謹んで願うことには、現世・来世ともに安穏吉祥であり、神の御光明がこれを照らし給わんことを…」となる模様。
「二世」は現世と来世を意味するようです。「吉祥」は幸運や繁栄をもたらす縁起の良い言葉として使われていると思われます。
最後の「之」は第九行目に繋げる次行接続詞として用いられたようです。
今回はここまでです。
残るはしめくくりの第九行目。そして、最下部の人名、および龍ないし蛇の尾などの細工などの解明や確認となります。
これまで述べたように、本石碑建立360周年の本年10月28日までの完全解読を目指して、鋭意努力する所存です。
このシリーズはこちらに続きます(最新記事がアップされたらそちらが表示されます)。前回はこちらです。また、本シリーズの初回はこちらです。
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